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注目

デドラ・ミーロはランパート中将みたいになるだろう

帝国保安局ISBの監査官、ミーロは帝国に忠実です。 保身に走らず、帝国に対する脅威アクシスを警告している。 同じようにランパート中将も帝国に忠実でした。 戦後処理を実行する立場にあり、クローン軍の引退を指揮していました。 どんな命令でも実行する姿勢をターキンは評価していた。 帝国に不都合な隠蔽、工作に最適だったのです。カミーノのティポカシティの破壊はまさにそれです。クローン技術を帝国が保有する上で、ターキンは策を練っており、「実行役」はランパートでした。「準備出来次第、片付けろ」 ターキンはランパートという実行役を背後から操ることで、様々な暴挙を手を汚さずに行えました。何か不測の事態が発生、問題が生じたら、実行役を消すのです。 命令を遂行するランパートはターキンに利用されている事を嫌がっていなかった。手っ取り早く昇進できるからです。自らの手を汚していきます。ターキンにとっては理想のコマです。 ターキンの思った通り、ティポカシティの破壊は予期せぬ事態に発展します。 ターキンに言わせれば、命令を遂行する上で、隠蔽を怠ったランパートの失態であり、実行役が始末されるのは当然です。 ターキンは自らの立場を守り、皇帝に賞賛されます。これが帝国です。 忠実になる人材こそ意外と帝国の酷さを知らない。 デドラミーロも同じです。 おそらくゴーマンの虐殺事件において、実行役をさせられるのでしょう。 帝国のこの非道な暴挙は銀河中に知られ、反乱の火種が銀河中に広まります。 まさにISBの失態なのです。命令を遂行する上で、隠蔽を怠ったミーロの責任であり、実行役が始末されるのは当然です。 2人ともこう言う「命令に従っただけ」 ミーロがランパートと違うのは、ISBの監査官である事です。ランパート以上に機密情報に多く触れており、帝国は下手に生かしておかないでしょう。 ランパートの処分は元老院で大々的に報道されましたが、ISB監査官はどうでしょう? 忠誠を誓った筈の帝国に裏切られたミーロの怒りは凄まじい。 ミーロを始末したいアクシスは笑います。 そもそもゴーマンの虐殺事件を水面下で工作したのはアクシスの仕業だと思われます。 ミーロが警告していたアクシスの追跡は消え去り、ISBは反乱の前兆を見過ごします。 ミーロが警告していたアクシスの脅威は確かであり、帝国の構造上の欠陥を見事に見抜いていました。しかし...

シークエルトリロジーは画質クオリティが落ちているのか?

私と同世代のファンからは、フォースの覚醒、最後のジェダイは、映像の完成度が落ちているのではないか?という意見を目にします。
確かにジョージルーカス監督が主導したプリクエルトリロジーは、当時の映画業界において最先端技術を投入した最高品質のSF映画でした。当然、公開まで多くの時間を割いていました。

その延長戦でシークエルトリロジーを制作した方がよかったのではないかというわけです。

しかし、
フォースの覚醒、最後のジェダイは制作段階において、短期的に手抜きしていた訳ではありません。彼らプロの制作陣は次世代の映像技術を意識しているのです。それは単にクオリティの高い映像を観客に提供することだけではなく、作品を見る体験そのものを考慮する必要があります。

スマホやタブレッドの登場、 SNSによる映画制作の民主化、そして再生回数やディスプレイの進化、ダウンロードストリーミングの可能性です。

例えばプリクエルをスマホで見たとしましょう。確かに映像が綺麗ですが、ダウンロード速度が追いつくとは限りません。どこにいても通信速度や通信環境が維持できるとも限りません。
見る前に本編をダウンロードするにも、時間コストがかかり疲れてしまいます。
映画館で観た映像美を再現できるには、技術的な制約がつきまとうのです。

これを解決するには通信端末の進化や5Gなどの次世代のインフラを拡充する必要があります。
同時に本編の制作段階から、視聴ニーズに応じた映像を作る方が、理にかなっていると考えられました。数回だけ観る劇場の大スクリーン向けを前提に制作するのではなく、何回も様々な機器で見る個人的多様な楽しみ方を想定して作ろうという試みです。

具体的には圧縮しやすいデジタル映像、映像テンポのスピードや様々なディスプレイに均等に見える色彩、解像度、コントラスト、俳優の立ち位置、印象的なコンセプトアートの採用、照明の当て方、フィルムの種類の検討、カメラドアップの検討..などです。

その成果がシークエルトリロジーです。実際に制作する上でプリクエル時代のクオリティは過剰だと見なされます。小さな画面で見るには繊細すぎて、シーン の構図が複雑になり過ぎたのです。プリクエル制作時にアニメーターを総動員した制作方法は時代に合わないと見なされた。そこでクオリティ緩和に至ったと考えられます。
数年後には正しい決断だったと評価されるでしょう。

スターウォーズは映像業界を牽引する映画です。映像技術の延長線を追求するのではなく、娯楽の体験そのものを重視する事も大切です。