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注目

グローグーの出世の秘密を明らかにしなくてもヒットしている

公開から二週間、物凄い勢いで興行収入を稼いでいます。 絶賛され、市場は拡大の一途を辿っています。大衆映画の成功。 劇場版にしては物足りない内容です。 グローグーの出世の秘密は明かされないし、ドラマのようなフラッシュバックもない。ドラマシリーズを連想させる要素も控え目。フィローニ氏の本気はこんなもんじゃない。カノンの資源を最大限に踏襲していない。(銀河の運命?アニメと同じくらいのスケール) しかし蓋を開ければ、かなり賞賛されている。 それだけスターウォーズをよく知らない人が意外と多く、スカイウォーカー家の話はハードルが高いと改めてわかった気がします。 スターウォーズに没頭してきた立場からしたら、意外でした。 フィローニ氏も予想外のヒットを意外に思っているでしょう。 カノンの資源を最大限に使っていないのに、思う以上に評価されている。 カノンの資源をあまり使わないように指示されていた。勿体ないけど、仕方ない。 ディズニーの市場予測は驚異的です。作品の需要を見事に的中。 (現代人はスマホばかり使っている) 潜在的な需要と新しい世代の獲得。 莫大な予算を投じて劇場版を制作しなくても、難易度を下げ、テンポを速く集中力を途切らせなければ、成功できる。スターウォーズを見るハードルを低下させた。 これまでのドラマシリーズの資源を使って、リターンを最大化する。 脚本を簡単にして、楽に観られるようにする。難しく面倒な映画は作らない。 この現象を目の当たりにして、大衆映画の在り方を変えた気がします。 ルーカス監督のプリクエルの頃とは全く違う。 このストーリーは原点回帰ではありません。 原点回帰はフォースの覚醒の気がします。  シークエルを批判しても、マンダロリアン&グローグーは批判されない傾向にある、難易度が批判に直結しているのでしょうか。 シークエルの頃は、市場予測が今ほど優れていませんでした。 莫大な予算を投じて劇場版を制作していたのです。ドラマの資源はなかった。 とにかく市場の拡大は喜ばしい事です、ありがとうございます。

シークエルトリロジーは画質クオリティが落ちているのか?

私と同世代のファンからは、フォースの覚醒、最後のジェダイは、映像の完成度が落ちているのではないか?という意見を目にします。
確かにジョージルーカス監督が主導したプリクエルトリロジーは、当時の映画業界において最先端技術を投入した最高品質のSF映画でした。当然、公開まで多くの時間を割いていました。

その延長戦でシークエルトリロジーを制作した方がよかったのではないかというわけです。

しかし、
フォースの覚醒、最後のジェダイは制作段階において、短期的に手抜きしていた訳ではありません。彼らプロの制作陣は次世代の映像技術を意識しているのです。それは単にクオリティの高い映像を観客に提供することだけではなく、作品を見る体験そのものを考慮する必要があります。

スマホやタブレッドの登場、 SNSによる映画制作の民主化、そして再生回数やディスプレイの進化、ダウンロードストリーミングの可能性です。

例えばプリクエルをスマホで見たとしましょう。確かに映像が綺麗ですが、ダウンロード速度が追いつくとは限りません。どこにいても通信速度や通信環境が維持できるとも限りません。
見る前に本編をダウンロードするにも、時間コストがかかり疲れてしまいます。
映画館で観た映像美を再現できるには、技術的な制約がつきまとうのです。

これを解決するには通信端末の進化や5Gなどの次世代のインフラを拡充する必要があります。
同時に本編の制作段階から、視聴ニーズに応じた映像を作る方が、理にかなっていると考えられました。数回だけ観る劇場の大スクリーン向けを前提に制作するのではなく、何回も様々な機器で見る個人的多様な楽しみ方を想定して作ろうという試みです。

具体的には圧縮しやすいデジタル映像、映像テンポのスピードや様々なディスプレイに均等に見える色彩、解像度、コントラスト、俳優の立ち位置、印象的なコンセプトアートの採用、照明の当て方、フィルムの種類の検討、カメラドアップの検討..などです。

その成果がシークエルトリロジーです。実際に制作する上でプリクエル時代のクオリティは過剰だと見なされます。小さな画面で見るには繊細すぎて、シーン の構図が複雑になり過ぎたのです。プリクエル制作時にアニメーターを総動員した制作方法は時代に合わないと見なされた。そこでクオリティ緩和に至ったと考えられます。
数年後には正しい決断だったと評価されるでしょう。

スターウォーズは映像業界を牽引する映画です。映像技術の延長線を追求するのではなく、娯楽の体験そのものを重視する事も大切です。


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